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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)10号 判決

大阪市生野区新今里五丁目一六番一四号

原告

池田拓治

大阪市中央区大手前之町一

大阪合同庁舎第三号館

被告

大阪国税局長

小川是

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求の趣旨及び請求の原因は、別紙訴状(写し)記載のとおりである。

その骨子は、被告の部下職員は、原告に対し、昭和六二年中に原告の妻名義で行われた株取引にかかる譲渡益が原告に帰属する旨の教示を行つた上、右教示に従つて申告書を提出することを強要した。しかし、右教示は誤つているから、右教示及び右教示に従った申告書の提出を強要した「課税行為」は違法であるとして、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるというものである。

二  そこで検討すると、被告の部下職員が、原告の昭和六二年分の所得税についてした教示ないしこれについての行政指導の違法確認を求める訴えは、いずれも行政事件訴訟法に規定された訴訟類型に該当せず、また、右違法を理由とする被告に対する損害賠償請求の訴えは権利義務の主体たり得ない行政庁を被告とするものであり、いずれも不適当であることは明らかである。しかも、別紙訴状(写し)に記載された事実関係に照らしてみても、本件訴えを処分の取消訴訟等の適法な訴えに補正することは不可能であると認められる。

三  よつて、本件訴えを口頭弁論を経ることなく却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 綿引万里子 裁判官朝日貴浩は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 井関正裕)

当事者の表示

大阪市生野区新今里五丁目壱拾六番壱拾四号

原告 池田拓治

〇六-七五一-六二八四~五

大阪市東区大手前之町壱

大阪合同庁舎第参号館

被告 大阪国税局

局長 小川是

平成二年二月二七日

原告

池田拓治

大阪地方裁判所 御中

請求の趣旨

一 被告の原告に対する課税に於ける教示は、誤つた教示であり、この行為は違法である。

二 被告の原告に対する法定期限前に行なつた課税行為は違法である。

三 被告は原告に対して、慰籍料金九拾五萬円を支払え。

四 訴訟費用は被告の負担とする。

この判決ならびに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一.大阪国税局管轄下の生野税務署元所得税第五部門統括官、現大阪国税局直税部記帳指導専門官岸本幸治(以下岸本という)は、生野税務署在職中、昭和六三年二月二日から同年同月二五日までの間、原告の昭和五九年から同六二年分に亘る所得税の課税に対して、別紙「過去三年に亘る調査と六二年度分確定申告・税額決定のいきさつ報告書」の通り、原告に質問や指導をしたり、原告並びに家族や親族までも反面調査の対象として調査し課税した。

二.前記課税は、主に所得税法第十二条、所得税法第九条第一項第十一号イ同施行令第二六条の適否によるものであるが、岸本はこの内、同法十二条の正鵠をえた理解をせず、次記の通り誤つた教示をして、原告に誤つた課税をし、その申告を強要した。

(イ) 「家族の株式売買取引に、代理で注文をしても、実質課税の対象となる。」民法第九九条を無視。

(ロ) 「夫より家族に株式の情報を提供してもいけない。その取引は夫の取引として、実質課税の対象となる。」

(ハ) 「お宅(原告のこと、以下同じ)の件と相沢氏の件は全く同じだ。」どこが同じか。

新聞紙上、相沢氏は、「架空名儀で株売買」と書かれていました。

(ニ) 原告が岸本に、これからも尚私達は引続いて株式売買を行ないますが、二人共非課税でする方法を教えて欲しいと、尋ねますと、岸本は、

「それは難かしい。また夫婦でやると、何年か後に同じ事が起きる。それより、二人の資金を一つにして、ご主人(原告のこと、以下同じ)一人の名儀で取引されるのが良い。」と答えられました。明らかに、誤教示である。

(ホ) 「今回の課税後、贈与税の掛らない様に教えて上げるから、そう(前記Dの通り)しなさい。その事は署側の指導でその様にしたと、申し送り書を作って残して置くから大丈夫。」とは何事か。民主主義の法治国に於ける我日本国に於いて、憲法第八四条に「租税法律主義」と銘記されているのに、一官吏の岸本が「己が法也」の言動は、明らかに誤教示である。

(ヘ)「今回は当署で六〇〇件の資料提出を求めた。」と云つたが、これは守秘事項ではないのか。

(ト) 実質課税の適用により合算課税にならない方法を、原告が岸本に尋ねると、岸本は、

「その方法は無いが、しいて云うなら、奥さんは奥さんの資金で、奥さんの知識で、証券会社も別々で、外交員も別々で、電話注文も奥さんがして、お金も奥さんが取りに行つて、一切ご主人は奥さんの事に手を触れない事でしよう。こうしてもらうしかないでしよう。」と教示しましたが、租税法律主義の我国に於いて、いかなる法規にもその様な解釈がなされておらず、民法でも第九九条に代理権の行使を規定しており、第九二条に於いても

法令中ノ公ノ秩序ニ関セサル規定ニ異ナリタル慣習アル場合ニ於テ法律行為ノ当事者カ之ニ依ル意志ヲ有セルモノト認ムヘキトキハ其慣習ニ従フ

と、規定されている。

又、所得税法第十二条に於いても、同法基本通達十二-一に、

法第十二条の適用上、資産から生ずる収益を享受する者がだれであるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者がだれであるかによつて判定すべきである。………。と国税庁長官の解釈が教示されてあり、岸本の教示とは異なつている。

法の適正かつ「厳格解釈も岸本の独断的な偏見的な反民主主義な解釈とは異なる。

(チ) 「調査資料を取り寄せた処、矢張りご主人と奥さんは一緒になつていた。」と云われたが、事実関係の捏造である。これは、国家公務員法の懲戒に相当する言動である。原告と訴外妻との口座は別れています。

(リ) 「今迄夫婦で株式売買をしていると全部実質課税の対象にして扱つて来た。」とは、実に恐ろしい発言です。嘘ならまだしも、若し岸本が事実その様な行政をして来たとすると、それは租税法によらない立法精神を生さず、悪質取立屋の様な税務行政で、

税法を知らない(無知)で、

過信と権力でのみ課税を促す

行政である。岸本に限らず、この種の行政官の殆んどは、課税に自信がないので、必ずと云って良い程、幾らか安くしてあげるから、修正申告書を出しなさいと云つて、後に異議申立てが出来ない私人行為に持込む。岸本もこの「全部実質課税」でずい分多くの寃罪的課税をして来た事でしよう。明らかに誤教示。

(ヌ) 「まあ結局ね、問題はあの、その、同一家族で御主人がいわゆるその株を注文したりなんかした時はですね、たいがいの場合奥さんも、あのー、奥さん名儀の分もあのー、同じ様に合算してですね、五〇回二〇万株と云う様な判定を殆んどしている訳なんですよね。ですからその様に判定すれば、合算すれば課税になると云う事なんですよね………。」

(ル) 「勘定は、別、原資は別になつていると思うんですがね。只お宅、奥さんが外交の方に直接注文している訳じゃないんでしよう。向こうの書類を見てもね。」

(ヲ) 「たいがいの場合はやね、ご主人を通してこれをあのー、株を動かしているから、向こうは一本になつているわな。」

(ワ) 「全く別と云うたつて、あのー、今迄の裁判、裁判例はないんですけど、取り扱いゆうのは殆んど家族名儀の分も一緒にご主人のところへ合算しているのが現状なんですよね。」

(カ) 「決済金は誰れが取りに行くの……。」

(ヨ) 「原資は別々であつても、運用しているのは誰れかと云う問題になります。」

(タ) 「だから、取り合えずね、今年の分はねえ、合算はやむをえないと思うんですよ。六二年度の済んだやつね。これから申告して貰うやつわね。」

(レ) 「今後の分は、………、たとへばの話ですよ、証券会社、別にして外交を別にしたらまあ一つ別やはなあ、それと奥さんはごめんどうやけど、決済なんかの時のお金を貰つたりね、振込んだり小切手を切つたりするでしよう。そうゆう事のは全く別にせねばいかんわなあ……。」

「例えば向こうの伝票の筆跡なんかもあの…、問題になって来るやろうからね、調査になった場合は。ごめんどうやけど奥さんが出かけていってサインをするとかなんかそんな形をとらないとね。」

私はこれ等の岸本の判定基準はことごとく、彼が勝手に捏造したもので誤りであると思います。

前(ヌ)に対して、たいがいの場合とは、どの様な場合なのか。株式譲渡益の申告状況は六〇年度に七〇件で、取引総額は二六〇億円、課税対象となつた売却益は五億円。六一年度の申告件数は一八六件で、取引総額は九三〇億円、売却益は六〇億円にすぎない。我国の全国の個人株式取引総額が年間数十兆円の規模であることを。考えると申告率はあまりに少ないが、七〇件、一八六件の中で、実質課税の適用は何件あり、又岸本は、その中で何件扱つたのか。

前(ル)に対して、「外交に直接注文する」のは税法上不可欠の査定要因なのか。「向こうの書類を見ても」とは、全国何処の証券会社も、その様な書類は作成しておりません。全くの捏造です。

前(ヲ)に対して、私達は同一証券会社(過去岡三証券)で取引をしていましたが、私のコードは〇二-四二七で、妻は〇二-四二八と別々に分れています。だから向こうは二本に分かれているのに、岸本が知らないで勝手に捏造して云つているのか、知つていて妻に嘘の査定基準を示して納得さそうとしているのか、証拠を見度いと思います。

前(ワ)に対して、(ヌ)に対してと同じ様に、現状全国でどれくらいの取扱いがあり、又岸本が、何件取扱われたか知り度いです。

前(カ)に対して、今迄に説明を繰返している様に、意志の伴なわない行為で、印鑑、株券、現金その他を預けて依頼すれば、誰れでも出来ます。誰れが行っても実質課税の査定基準になりません。

前(ヨ)に対して、「運用しているのは誰れかという問題」、これは査定要因として重要で無いです。「誰れの意志によつて運用しているのか」と置き換えると判り易いですね。本件の場合は、私の株式売買は私の意志。妻の株式売買は妻の意志とはつきり分れています。只、意志の伴なわない行為は互助精神で行つています。実に岸本は、つまらない誤教示をしている。

前(タ)に対して、(ヌ)~ヨの様に貧弱な、幼稚な、あるいは誤つた査定基準で合算せよとは良く云えたものですね。税法に対して恥しくはありませんか。大蔵省の職員で、生野税務署の所得税部門の統括官ですよ、全く納税者の皆さんが知られたら、いかゞでしようか。

前(レ)に対して、今迄に何回となく論じて、税法上の誤りを示した((ト)と同じ)通り誤教示であります。

(ソ) 「今年だけは一緒に出して欲しい。」

この指導は、原告に対して、合法的な判断では課税が出来ないと知つた岸本の法を無視し、行政官である立場を忘れた最後の指導であり、ノルマと元署長藤井藤富に踊らされた指導であると思われる。

こゝで云う今年とは、昭和六二年分の確定申告の事であり、同申告の期限は同六三年三月十五日であるにも関わらず、岸本は、同申告の期限内に同申告に係る調査、指導、容喙、課税(賦課同様)等をした事は、民主主義法治国家に於ける申告納税制度の理念(後記)等に反する行為であり、明らかに違法行為と指摘する事が出来る。

(ツ) 「前の事はもう良いから。」

租税法による判断で有るなら、その通りであるが、前記ソと一連の指導であり、租税法上は正に課税であるが、うるさく云われるなら、安く負けても、今年分だけは課税に持込みたいとするなら問題があると思われる。こゝは後論と取るべきだ。

租税法は、国家と国民のものだ。岸本個人の恣意により左右すべきものではない。

前記ソと同論で、明らかに誤指導であり違法行為である。

一 申告納税制度の理念

申告納税制度は自主計算、自己賦課という言葉が示すように、課税要件事実充足の有無の第一次的優先的判断権を納税者たる国民に与え、かつ申告という税務手続の重要な過程を経て初めて具体的な租税法律関係を形式させる。

税務署は納税者に対するサービス機関たることを自覚し、納税者は課税手続に参加することにより、国の恣意的な課税を排除しなければならない。

二 学説の紹介

もと最高裁裁判官田中二郎著「租税法」によれば、「わが現行租税法の基礎原則」として「(1)公共性の原則、(2)公平負担の原則、(3)民主主義の原則、(4)収入確保、能率主義の原則」の四つの原則をあげ

「戦後の租税法を貫く原則の一つとして民主主義の原則をあげることができる。………戦後は、国民主権の考え方に基き、主権者たる国民が代表者によつて定めた法律の定めるところに従い、その担税力に応じて協力して租税を負担すべきものであり、………租税債権者としての国又は地方公共団体と租税債務者としての納税者はともに租税債権債務関係の当事者となり、相互にその実現に協力すべきことを建前としている。すなわち、戦前には租税法は一般に賦課課税方式をとっていたが、戦後は大部分の租税について申告納税方式を採用し、納付すべき租税は納税者のする申告によつて確定することを原則としているがごときその顕著な現われというべきである」と論述されている。

また、北野弘久教授はその著「税法学の基本問題」の中で、「申告納税制度は憲法的視覚からは国民主権主義の税法的表現として理解されうるが、この制度のもとでは、第一次的には主権者たる納税者が納税義務(租税債務)確定権をもつ。税務官庁は法定申告期限前には課税処分を行うことができない。そこでは税務官庁の課税処分は第二次的、補充的な地位しか与えられていないわけである。その意味において納税義務確定権は本来的には納税者の固有権といつてよい」と解いて民主主義的理念を高らかに宣言している。

(ネ) 「過年度分はもうよろしい。申し送り書も書いて上げよう。」

この「過年度分はもうよろしい。」については、前(ツ)と同意であるので、略す。

「申し送り書も書いて上げよう。」において、「申し送り書」とは、その内容に於いて必ず合法的な内容でなければならない。反面、行政官の恣意的、ご都合的な内容のものは正鵠を得た申し送り書とは云えない。

岸本は、昭和六三年二月二二日午後、生野税務署内の彼の机上で、国税局の便箋に、次の通りの、「申し送り書」を書き示してくれた。

株式の継続売買の件に対して本人及び証券会社山一、岡三に照会等実施した。

調査経過、妻名儀取引を加算すれば、六〇、六一年度についても、五〇回以上の課税要件を満たすも、過去の接触に於いて本人からの問合せに対し、原資が明確に区分されておれば、合算する必要はなしとの対応を署側がしており、本人もこれに基づき売買をしていた事実が認められる事から、過年度分については省略した。

六二年度分については申告前の事であり、実質所得の判定等を説明の上、課税要件に該当する事から申告書の提出を得た。

参考 売買回数のカウントで、一部総括伝票の保存がなく、本人名儀のみで、五〇回以上であつた。

六三年分以降の取り扱いについて、注文形式・管理形式・運用形式・原資等が明確に区分されゝば合算しない事を申し渡した。

この「申し送り書」の「株式の継続売買………………過年度分については省略した。」は事実であるので異論はない。

「六三年度分について………………提出を得た。」は岸本の恣意的な見解である。「実質所得の判定等」とは、前記(イ)~(ツ)の誤教示のことであり、「課税要件に該当する事から」とは、本来原告と訴外原告の妻との株式譲渡金は、その基因となる資産の真実の権利者が各々別々であるので、課税要件(所得税法第十二条)に該当しないのが真実であるが、岸本は原告を誤課税に持込むのに、書き様がないので、この様に書きました。

「申告書の提出を得た。」とは、前述の如く、違法行為による賦課決定の様な申告書である。

岸本は、前記「課税要件に該当する事から」の、書き様のない記述の為に、次の「参考………………五〇回以上であつた。」と書いたが、これは、前記所得税法第十二条とは関わらない同第九条第一項第十一号イ同施行令第二六条であり、原告にとつては、どちらの法の適用とも解らないまゝ賦課課税決定を得た様に思われる。

「六三年分以降の取り扱いについて……申し渡した。」とは、岸本は前記A~Sの恣意的な誤教示の見解を申し渡したのみで、何らの正鵠も得ていない。

原告にとつて見れば、「過年度分については省略した。」と記された事のみの成果である。

三 以上の通り、原告は、被告より誤った教示を受け原告の主張をいちじるしく曲げて、余儀なく賦課々税決定とも取れる行政行為で、昭和六二年分の確定申告書の提出をさゝれた。

四 これらの一連の被告より受けた原告の精神的な屈辱は甚大であるので、本件訴訟に至り、慰籍料を請求するものである。

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